2017年04月24日

保護司の役割を自覚する中で

保護司の役割を自覚する中で

(静岡市駿河区保護司会所属・静岡県社会福祉士会所属・久保一洋)

 更生保護(その理念)の歴史は長いが、保護司が担う制度における最近の節目としては更生保護法が施行された平成20年頃の時期だと思う。単に法律の誕生というだけではなく、この頃から更生保護の分野にいろいろな領域の方が係わるようになってきた。
 まず、社会福祉士養成課程の教育内容に更生保護制度が加えられ、福祉系の若い学生さんが更生保護制度の勉強に取り組み始めた。又この頃から司法福祉という概念も定着してきて、犯罪者の出口支援から始まり入口支援と検察庁、刑務所、弁護士、NPO、福祉の関係者による支援活動が着実に成果をあげてきた。そして誰よりも以前にその位置にいた保護司の存在があらためて目立つようになってきたのである。
 まわりから、保護司さんはどういう仕事をするの?、保護司さんはどういう勉強をしてどういう資格があるの?等々の質問をされるが私はなかなか上手く答えられなかったが最近は自信をもってこのように答えている。
● 例えば保護司の仕事の一つの保護観察についても満期釈放に比べて仮釈放で保護観察により社会で更生していく方が再犯率もかなり低いという現実を説明して保護観察は社会の為にも大事で意味のあること。
● 保護観察の方法は指導監督(権威的)と補導援護(福祉的)の両面のバランスを考えながら行っている。
● その為に保護司としての日頃の勉強はとにかく対人技能の向上に努めること、私はアメリカのカール・ロジャーズの教えを大事にしていること。それはどの指導監督のプログラムでも対象者とのある程度の人間関係ができていないことには効果のある処遇はできないからである等々訴えています。
そして、更生保護制度(司法福祉的要素)にいろいろな領域の方が係わってくるようになってきましたので一昔前のように保護観察官と保護司のあたかも“業務独占”ではありません。そこで“細かい”ことを言うようですが、保護司が保護観察官から先生と呼ばれたり保護司同士も先生と呼びあうことに違和感を感じます。この“先生”の件は平成17年の更生保護のあり方を考える有識者会議の第4回会議の中でも一部の委員から“先生と呼び合うのは前時代的になってきて、今日的には大変不自然なものを感じております”との指摘もあります。同感の保護司仲間も多いと思います。
 そこで一つの提案ですが、全国の保護司会の会長さんは各保護司会の会員の同意を得て(多くの方は同意すると思います)対応する保護観察所に対して先生と呼ぶことを廃止して頂きたい旨の申し入れをしたらいかがでしょうか(保護観察所からこの問題に触れることはなかなか難しいことですので、そこを察して)。但し、当然にこれに反対の考えをもつ会長さんもいるわけですが・・・・それはそれとして。なかなか勇気のいることですが行動して頂ければと思います。繰り返しになりますが、“先生”にこだわるのは今後も更生保護制度はいろいろな領域の多くの方と係わりながら展開していくのですから、その中で保護司のみが“先生”ではおかしいし、恥ずかしいことです。
【保護司の問題の最新記事】
posted by 久保 一洋 at 10:34| 保護司の問題

2017年04月17日

犯罪者の出口支援、入口支援の課題を考える

犯罪者の出口支援、入口支援の課題を考える
(静岡市駿河区保護司会、静岡県社会福祉士会、久保一洋)


 関係行政、福祉団体、NPO、弁護士等によるいわゆる出口支援から始まり、その後の入口支援もかなり板についてきた(数をこなしてきた)今こそ発生している問題を直視して、考え、次に進む必要がある。
 問題も当然にいろいろ出てきてはいるが(多くは当初より予想されていた問題に過ぎないが)私は次の3つを皆さんと考えたい。

(1)以前に比べて少なくなってきたが“丸投げ”である。最初の窓口となった支援者(機関)が対象者の住居支援、就労支援と銘打って受皿を探し、そこに繋げていく作業である。確かに以前は繋いだだけでもそれが一つの成果と考えられてきた時期があるが受皿側は大変苦労している。苦労の内容は住居の中、職場の中での本人の問題行動(原因)から発生するトラブルであり現場はその対応に追われている。
 せっかくの“成果”だったはずの受皿から問題に対応できない為、他へ転々とするケースが多いことを関係者は見て見ぬふりをしてはならない。受皿に繋げる支援者(機関)がただ、繋げれば良しとして自己満足で終わらせないで、その後も係わる熱い意志ではなく係わることができる制度(ルール)を構築すべきである。

(2)ここでいう出口支援、入口支援の網にかかる対象者ではなく、その昔、罪を犯した者が福祉の支援が必要な場合である(実はこのケースがけっこう多い)。
 この場合は出口支援、入口支援に比べて係わる支援者が少ない(殆どいない)為トラブル等の問題に適切な対応が出来ず、やはり受皿から転々としていく。

(3)保護観察のつかない単純執行猶予者に対する受皿支援である。これもトラブル等の問題に対応できる支援者が殆どいないのが現状である。
 単純執行猶予と保護観察付執行猶予の違いと意義は理解しているつもりだが、例えば問題解決対応で苦戦しているとき、福祉の関係者からも、せめて保護観察がついていればとの声も聞く。
 皆さんと一緒に考えませんか。
posted by 久保 一洋 at 12:52| 出口支援・入口支援

2016年07月27日

刑の一部執行猶予制度がスタート・保護司に求められるものは

刑の一部執行猶予制度がスタート・保護司に求められるものは
(静岡市駿河区保護司会・静岡県社会福祉士会・久保一洋)

 刑の一部執行猶予制度がスタートしました。未だ社会内処遇体制が十分でない状況下での見切り発車の感もあるとの一部意見もある中ですが、しばらくは薬物事犯が中心になると言われ、現に薬物事犯の判決が出始めています。しかし、一部執行猶予制度は薬物事犯のみのものではありませんのでいずれ薬物以外の判決も出てくるわけですから私達保護司もこのことを心掛けておく必要があります。
 この制度を導入した背景は再犯防止であり、その方法は施設内処遇と社会内処遇(保護観察、社会貢献活動等)の有機的連携にあるとし、今まで以上に社会内処遇の重要性を訴えています。これにより保護観察の件数も増え、保護観察期間が従来より長くなります。
 又、社会内処遇体制が十分でない、の中に保護観察官とか保護司の人員の不足をよく言われますが、正確に言うと保護観察官の絶対的な不足とか保護司の質(専門性)の問題と言い換えるべきです。
 特に近年、更生保護の中に福祉関係の専門職を始めいろいろな領域の方が参加するようになってきますと、「保護司さんの専門性って何?」に対して保護司は答えなければなりませんが、それは決して高度な学問的、専門的なものではなく、対象者との面談、接触を通して「対人関係の構築」につきると思いますし、又それがなければ各種の処遇も形だけで終わってしまいます。
 この対人関係構築の役目こそが保護司の任務であり使命だと自覚し、自信をもってアピールしていきたいものです。
posted by 久保 一洋 at 16:32| 刑の一部執行猶予制度

2015年10月12日

社会福祉士と司法福祉(論)と

(静岡市駿河区保護司会・静岡県社会福祉士会・久 保 一 洋)
 
 最近、福祉領域を中心に「司法福祉」をテーマとした勉強会が各所で行われるようになった。それは、今までの法律によって決着をする「規範的解決」だけでは本当の問題解決にはならず、そこに福祉的作用である「実体的解決」の手法をも絡めた「司法福祉」の必要が求められてきていることにもよる。
 これらに参加して思うのは、例えば「司法側」は犯罪者に福祉的支援をするのは第一に再犯防止の為であるといい、「福祉側」は支援により対象者が自立し、社会復帰し、その結果再犯防止となれば良しとした。最初はこの議論の違いに抵抗を感じたが、よく考えればこの二つの要素は必要でどちらが欠けても真の「司法福祉」は成り立たないと思うようになった。
 そこで、福祉が司法に係わるようになった制度的(法律的)な経緯を確認しておくことは必要だと思う。歴史をたどれば江戸時代の人足寄場、明治時代の免囚保護施設(厚生保護施設)等が挙げられるが、ここは直近の話としたい。仮に「司法福祉」を「更生保護制度」として置き換えるとわかりやすいかもしれない(必ずしもイコールではないが)。
 平成19年に「社会福祉士及び介護福祉士法」が改正され社会福祉士の国家試験の科目に「更生保護制度」が加わった。その更正保護法の目的が第一条に「この法律は犯罪をした者及び非行少年に対し社会内において適切な処遇を行うことにより再び犯罪をすることを防ぎ又はその非行をなくし・・・・・」とあり、もしかしたら、今まで犯罪者、非行少年とは無縁と思っていた福祉領域の方、学生さんも多いと思う。
 そして、法務省と厚生労働省の連携による地域生活定着支援センター等による出口支援に続き検察庁、弁護士、NPO等による入口支援も動き始めた。いつのまにか社会福祉士もそれに関与している。しかし、私はこれらの出口支援、入口支援の議論(対象)となるのが高齢、障害を有する犯罪者が中心となっていることに違和感を感じる。もちろん、まわりから適切な援助が受けることが難しいこれらの対象者を援助していくのは当然だが、そうでない対象者(一般の犯罪者)も「司法福祉」の中で議論していくべきであり、更生保護法もそのように書いてある。
 平成28年から本格的に稼働する(一部は始まっているが)刑法等の一部改正により社会貢献活動、薬物事犯者の社会内処遇へのシフト等、今まで以上に幅広い社会資源(社会福祉)が求められるが、現在は更正保護制度の要である保護観察の実施者は「保護観察官又は保護司をして行う」となっていて社会福祉士がこれに関与する機会が少ないのは寂しい感があるが、私は将来的には入口支援、保護観察、出口支援と、点と点から一本の線に繋がっていくことを夢見ている。
 その一本の線の中身は「司法的要素」、「福祉的要素」が当然に入り乱れて良いと思うし、それを「司法福祉(論)」と呼びたい。
posted by 久保 一洋 at 10:20| 社会福祉士・司法福祉

2015年08月16日

犯罪者の「出口支援」「入口支援」と「保護観察」を考える

(静岡市駿河区保護司会・静岡県社会福祉士会・久 保 一 洋)
 
 高齢又は障害を有する福祉的な支援を必要とする刑務所等の退所者のいわゆる「出口支援」が支援機関、福祉関係者、NPO等によって行われている。先日、支援機関の一つである、ある県の地域生活定着支援センターの方の話しを聞くと人的不足、予算不足で大変ご苦労されていて、後述する「入口支援」までとても手がまわらないとの説明。
 私は最近、「出口支援」についてこのように考える。そもそも今、制度的に言われている「出口支援」とはその対象者が刑務所等を退所する前後の時期のことであり、かつ、退所する者の一部である。刑務所等を退所して1年、2年とか時間が経過した者はその支援の網にはかからず、再度刑務所に戻る者が多いことも現実であるので、ここは「出口支援」を幅広く理解したいものである。
 「出口支援」の後に「入口支援」の必要性が唱えられるようになった。すでに弁護士、NPO等が「入口支援」に力を入れているが、同取り組んでいる検察庁にインタビューさせて頂いたことがあったが一言でいうと、検察の理念として「あたかも常に有罪そのものを目的とし、より重い処分の実現自体を成果とみなすかのごとき姿勢となってはならない」とし、「犯罪の防止や罪を犯した者の更生等の刑事政策の目的に寄与する」等々の説明を受けた。
 そして、私達保護司は「入口支援」と「出口支援」の真ん中に位置する保護観察(社会内処遇)を担う。更に刑法等の一部を改正する法律、薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部執行猶予に関する法律が動きだしている。この中には社会貢献活動、薬物使用者等の刑務所ではなく、なるべく社会内で処遇する原則が言われている。
 私達のまわりでは「出口支援」に始まって「入口支援」が熱く語られている。当然に私達保護司もいろいろな役目で「出口支援」「入口支援」にかかわっておられる方も多いと思う。そして、皆さんも感じていると思うが同じ支援でも支援者の立つ位置によってその目的が違う。例えば「出口支援」を行う福祉的領域の方は、支援により対象者が自立し、社会復帰し、その結果再犯防止に至れば良しとし、司法側は福祉的支援を取り入れるのはあくまでも再犯防止の為という。
 司法福祉の関係者が多く集まる全国的な研修会に参加すると未だ未だ自分の領域を代弁する姿が目につくがこれは制度的、法律的に違いがあってのことであり止むを得ない。しかし10年前、20年前に比べるとこれら「入口支援」「出口支援」と「保護観察」が徐々に一つに繋がっていくように思えてならない。又、それを希望する者である。
 それは、今までの物事(事件)を規範的解決(法律的解決)だけでは本当の解決ではなく、実体的解決の必要性が国民から要求されてきていることによるかもしれない。
 私達保護司も今まで以上に関心をもち、積極的に関与していくことが必要かもしれない。
posted by 久保 一洋 at 11:04| 出口支援・入口支援

2015年03月04日

保護司に求められる専門性を考える

(静岡市駿河区保護司会・静岡県社会福祉士会・久 保 一 洋)

 保護司さんてどういう人?、どういう資格で保護司になれるの?、保護司さんてどういう仕事をするの?、等々福祉の領域の方から聞かれることがある。平成19年の更生保護法の制定、平成21年度より社会福祉士国家試験の受験科目に更生保護が加わったあたりからいろいろな領域で更生保護が熱く語られ、又世間の目が保護司の存在に関心を持つようになってきた。
 今日、私達保護司は対象者及びその家族に真剣に向き合っていく姿勢に“私は素人のボランティアですから”では許されないが、しかし、素人には違いないのである。私は以前から“司法福祉”という概念が大切なことへの強い思いがあり65歳で社会福祉士の資格を得て今は成年後見活動にチャレンジしている。
 保護司と社会福祉士の二つの領域に携わっているとその対応(仕事内容)にかなりの部分が共通していることが経験して初めてわかった。今更でもないが良好な対人関係を築く対人技能である。ただし純粋に専門性を挙げるなら、司法の分野では関係法律、又は性犯罪、覚せい剤事犯等に対する専門的処遇、臨床心理学が考えられる。一方福祉の分野でも関係法律、関係制度、権利擁護、社会保障等々がある。
 もちろん、これらのことも保護司として勉強していくことは大切なことであるがそこには所詮限界がある。
 そこで保護司としてできること、やらなければならないことの一つに対人技能がある。
 保護観察の中での特に保護司の仕事は、面接に始まり面接に終わるとも言われるように対人関係が大切なことである(当然に福祉の分野においても大切である)。保護司に対する諸研修の内容でも、認知行動療法、SST,エンカウンター、マイクロカウンセリング等、目にするがいずれも対象者とのラポールができていてのことである。その為には保護司の役目は「受容」、「共感的理解」、「自己一致(純粋性)」、「傾聴」等により対象者とのラポールを形成していくことであり、程度にもよるがこれは私達素人の保護司でもできることであり、又これができないことには保護観察の実施方法の一つである指導監督の効果も期待できない。
 以前は保護司のために自主研修の内容に対人技能を学ぶカール・ロジャーズのクライアント中心療法が多くあったが、今は少し寂しい感がある。まとめるならば、面接を通して対象者とのラポールを築き、対象者の自立を助け、効果がある指導監督へと導く役目こそ保護司の専門性と言いたい。
posted by 久保 一洋 at 11:13| 保護司の仕事

2014年12月11日

社会貢献活動を思う

(静岡市駿河区保護司会・静岡県社会福祉士会・久 保 一 洋)
 
 まもなく刑法等の一部改正により更生保護法の特別遵守事項に加えられた社会貢献活動が始まろうとしている。すでに先行的に行われている社会貢献活動で多くの保護司の方が参加されているが、本番を迎えるに際して私達保護司はこれからの社会貢献活動にどのような思いを馳せるのか、心の整理をしておくことも大事なことかもしれない。
 社会奉仕命令として制裁的な制度として行っている国もある中で、我が国はその目的を制裁ではなく対象者の自己有用感の達成、改善更生を目指し、その結果再犯防止に寄与するとした。そして今般の法改正の最重要課題ともいわれる「施設内処遇と社会内処遇の有機的連携」にも、この社会貢献活動が一役を担うことになる。そこで私は先行的に行われた社会貢献活動に対象者といっしょに参加させて頂いた経験をもとに次のように考えてみた。
 まず、その活動場所の「見た目」の問題だが保護司、保護観察官、更女の会、BBS会員等の参加者(協力者)が自分の肩書の名札を首にぶら下げることは控えるべきと感じた。ぶら下げていない者が犯罪者であることをPRしているに過ぎずあまり良いことではない。もちろん参加しているスタッフは対象者とともに活動することを、その意義、目的も承知の上での参加であるが、そのスタッフ以外のまわりの人々まで犯罪者であることをPRする必要はまったくない。
 又、活動内容については活動する場所(施設等)、内容については未だあまり難しく考える必要はないと思う。今後の実績を積み重ねて効果のあるメニューを創り出していけば良いと思う。むしろ今は活動する地域の人々と対象者が何気ない会話、やりとりにより双方が同じ仲間なんだと意識できることが大事なことである。
 しかし、将来の活動は私は次のように考える。対象者が施設内処遇に続き社会内処遇において本物の自立、改善更生、居場所の発見の為には対象者自らが犯罪者(保護観察対象者)であることをさらけ出し例えば“俺もいままでいろいろな人に迷惑をかけてきた”“お前もこうやって付き合ってみるとそんなに悪じゃあないな”“もう悪いことはするなよ”とのコミュニケーションの中でこそ達成できるんだと思いますが、このような方法を採用していく為にはスタッフと制度の質の向上が必要不可欠であることは当然ですので、もう少し時間が必要と思う。
 保護司の皆さんはどう思いますか。
posted by 久保 一洋 at 10:00| 社会貢献

2014年09月17日

保護司の私が「気になる」・・・

(静岡市駿河区保護司会・静岡県社会福祉士会・久 保 一 洋)

 保護司の私が「気になる」専門家の意見、表現、言い回し等を拾ってみました。
皆さんはどう思いますか。

● 保護司制度の誕生
 「戦後の法改正を指導した、占領軍総司令部は保護観察を無給非常勤のボランティアである司法保護委員(保護司の前身)に責任ある役目につけてはならないという強い圧力に対し、談判の末、又、一番強行だった米国の担当者が帰国休暇中であったこともあり、保護観察を司法保護委員が担当できるようになった。」@

● 我が国の保護司制度は、外国のものとは違い
「我が国の保護司制度は、外国のものとは違い、我が国独特の風土の中から生まれたものであり、欧米に比して我が国の犯罪状況が比較的安定しているのは、無報酬で犠牲的努力を強いられながらも犯罪者の更生保護に善意と情熱を傾けている保護司の陰の力によるものと言えるであろう。」A

● ダブル・ロールについて
「保護観察につきものの、受容(援助)の機能と指示(制限)の機能のような、一見矛盾する二つの役割を持たなければならない」、いわゆるダブル・ロールがありますがこの両機能の統合は可能であるとしています。B

● 特に重要な課題は保護司の問題である
保護司の補充性の意味に関し、「非行、犯罪問題が公務労働のみでは克服しえない課題と性格をもっていることを更生法は予定していることである。すなわち、非行、犯罪問題の克服には家族や職場そして地域等のもつ種々の能力や資源を必要としていることを立法当初から予定していたと言えよう。協働関係としての保護観察官と保護司=ペアワーカーは、ボランティアの保護司と言えども高度な訓練と専門的知識が求められるものである。」C

● 保護司、特に男性保護司の場合
更生保護カウンセリングに関連させ、カール・ロジャーズの来談者中心カウンセリングの理論の中で「保護司、特に男性保護司の場合、その社会階層などから見て、社会において責任の重い、指導的な仕事に就いていた人が多く、自分の考えや感情を前面に押し出して、後進の指揮や指導に当たってきた人が多く見られるようです。
 このような状況は合理機能(思考、感情)によって立つものであり、来談者中心カウンセリングのような非合理機能(感情、直感)によって立つものはなじみにくいかもしれません。」D

● 対象者とともに成長する
「保護司は最初から完全な保護司として存在するのではなく、保護観察者と接し、対象者と苦難をともにする中で、相互作用的に更生保護の担い手として成長するものであり。」E

● 地域社会とともに
「社会内処遇においては、保護観察対象者や保護観察官、保護司、裁判所だけがプレイヤーなのではない。社会の中で処遇を受けさせるのであるから、そこで日常を過ごす地域社会の人々もまたプレイヤーである。したがって、社会内処遇については専門家の間だけで話を終わらせるような議論をしてはならない。常に、地域社会の人々がそれをどう見るか、という視点をもつべきだと考えている(もちろん過度な考慮は禁物であるが)。」F

● 保護観察は監視ではない
「保護観察というと、すぐに監視であるとか、自由や人権の制約という側面だけで捉えようとする向きがあるが、保護観察の重要な作用の一つが対象者の自立や社会復帰を支援する補導援護(更生保護法第58条)や応急の救護(同第62条)であることを勝手に歪曲してはならないであろう。」G

● 一部執行猶予の実施と更生保護制度の問題点
「ここで問題になるのが、既存の更生保護の体制を前提として、このようなケースに対応できるかということである。我が国の更生保護制度は保護観察官と保護司の協同により行われていることが特徴であるが、保護観察官はその絶対数の不足が指摘されており、より処遇の困難な者が保護観察の対象者となり得るので、そのような場合にまで保護司に依存して良いのかが問題となる。」H

● 社会内処遇の意義
「施設内処遇だけでは社会からの外的問題は解決できないとし、受刑者に対する恐怖心、不安感はその受刑者に接して危険性のないことを確認してもらわなければ解消できない。刑事施設の中での反省は世間に見えない。社会の中で反省と償いを表すことが必要となる・・・・施設内での改善指導が教室での講義だとしたら社会の中での改善指導はその実践である。刑事施設で学んだことを単なる知識で終わらせないために、社会へ出た後も継続して改善指導を受けさせるべきであって、そのために社会内処遇は有用である。
 つまり、社会からの外的問題を解決するためには、受刑者の内的問題を解決するだけでは足りず、それを社会へと、具体的にはコミュニケーションをとる中で自分の周囲の人々へと見せることが必要である。」I
 今後の社会貢献活動が一つのテコになるかも。

● 「素人」の強み
「・・・・現実の保護観察過程にあっては、保護司は保護観察官と異なって「素人」であることの強みを持っている。対象者が必要としているのは「病人」としての「治療」ではなく、「弱者」としての「保護」でもない。それは対象者を一人前の市民として遇してくれる温かい隣人なのである。こうして保護司は「善良な民主社会の市民」であることに徹底することによって対象者を援助することができるのである。」J

● 更生保護制度はよく知られておらず
「・・・・更生保護制度は、よく知られておらず、国民から遠く離れた存在となっており、その結果、国民からの批判にさらされることがなかった。また、多数のボランティアの献身的な努力に支えられた制度であるため、批判を受けにくい状態にあることに国が安住し、必要な制度改革等が先送りされてきた面もあるように思われる。」K

@ 成文堂「犯罪者処遇の展開」67〜68頁
A 青林書院「刑事政策概論」314頁
B (財)日本更生保護協会「更生保護カウンセリング基本用語集」23頁
C ミネルヴァ「司法福祉の焦点」210頁
D (財)日本更生保護協会「更生保護カウンセリング基本用語集」19頁
E 刑事立法研究会「更生保護制度改革のゆくえ」169頁
F 東京大学法科大学院「施設内処遇に続く社会内処遇の検討」151頁
G 慶応義塾大学出版会「刑の一部執行猶予」90〜91頁
H 法務委員会調査室「刑の一部執行猶予制度、社会貢献活動の導入に向けて」75頁
I 東京大学法科大学院「施設内処遇に続く社会内処遇の検討」132頁
J ミネルヴァ「司法福祉論」128頁
K 「更生保護のあり方を考える有識者会議」報告書 7頁
posted by 久保 一洋 at 10:00| 保護司の問題

2014年08月08日

保護司の私へのメッセージ

(静岡市駿河区保護司会・静岡県社会福祉士会・久 保 一 洋)
 
 この夏68歳をむかえ今までの微力ながらの更生保護の一役を振り返りつつ、これからの保護司活動にどう向き合ったら良いのかを自分自身に言い聞かせるとしたらどんなことなのかを考えてみた。もちろんこれは私が語る自分へのメッセージであるが多くの保護司仲間は当然に別の考えがあり、又その反論も敢えて甘受させて頂きたいし、機会があればご指摘、ご指導を賜れば幸いである。さて、更生保護の歴史を振り返るとき保護司として大切にしなければならないものは数多くあるが、私は次の二つを挙げたいと思う。
 一つは昭和24年に戦災孤児などの将来を危惧していた東京銀座の商店街の有志を中心として行った「銀座フェアー」である。そしてこの活動が現在の「社会を明るくする運動」として繋がっていくことになる@、しかし私は当初の「銀座フェアー」の精神が現在の「社会を明るくする運動」に必ずしも継承されていないように感じる。今私達が行っている「社会を明るくする運動」の中で“犯罪や非行のない地域社会を築こう”とする部分は理解して頂きやすいのだが、本来更生保護の本業である“罪を犯した人たちの更生に理解を深めて頂く”部分は今一つ国民の方にも浸透していないように見える。私達保護司が担う更生保護の中の保護観察についても例えば、満期釈放に比べて仮釈放で保護観察により地域社会で更生していく方が再犯率もかなり低いという現実も説明するなど、保護観察は社会の為にも大事で意味のあることを繰り返し丁寧に国民の方に説明していくことを「社会を明るくする運動」を通してもっと大きな声を出すことに少し欠けていると思う。
 もう一つは私がたまたま評議員をさせて頂いている更生保護法人の静岡県勧善会が挙げられる。明治の時代に誕生した出獄人保護会社(現在の静岡県勧善会)は刑務所を出所した囚人が社会の中に戻る場所を見つけることができず再び犯罪に手を染めることを避けて自ら死を選んだことに心を痛めた刑務所の所長の行動から始まる。その一貫で全県下に1700人を超える保護委員を委嘱するなど現行の保護司制度の前身でもあったと言われるA。
 私はこの二つの先駆者達の更生保護を純粋に取り組む想いを想像して自分のものにしていければと考えている。
 さて現在に戻ろう。私達保護司に直接関係するところでは平成19年の更生保護法の制定に続き直近では平成25年の新たな刑罰制度の刑の一部執行猶予制度に関する各種の制度改正がなされた。これにより今後は確実に保護観察の件数も増え、保護観察期間も長くなることは必須である。又これらに関しては相変わらず専門家による議論が続いているが、保護司の私としてはこれにどう向きあうのか模索しているところである。
 そしてまず実感するのが更生保護法制定時あたりから、いろいろな研修に参加するとき私達保護司とは別の領域の方が更生保護を熱く語る場が多いことにおどろいた。更に今までの保護観察官と保護司の協働のあたかも「業務独占」という時代から福祉を含めたいろいろな社会資源との連携が目立つようになった。そして同時にまわりの目が保護司の存在に関心が向けられるようになった時期でもある。
 例えば私が「司法福祉」関係の全国大会での分科会の場で福祉の領域の方から“私の町では強いリーダーシップを持った保護司さんがいて、その保護司さんが先生と呼ばれている世界があるが、この保護司さんはどういう勉強をしてどういう資格を持った方なんでしょうか”との質問が出され司会者が私がいるのを知っていたので、“では、そこに保護司さんが参加しているので説明してもらいましょう”と指名された。即返答に困ったが、“もしかしたら貴方の考えているように私は名誉職なんです”とも言えず、“保護司は地味な存在ではあるが、例えば満期釈放より保護観察の処遇により対象者が更生して再犯率もかなり下がる大事なことをしているんです”と苦しい説明をしたことが今でも忘れることができない。当時の更生保護のあり方を考える有識者会議の中で「先生」と呼び合っている姿は一般の市民から見るとちょっと奇異な感じがして、今や前時代的になっているBとの議論がなされた。これは私達保護司会がそろそろ考えてみる時期に来ていると思う。
 今般の刑の一部執行猶予制度に対する保護司に身近な専門家の意見を見つけてみた。
「行為者の将来の危険性に着目して、刑期を超えて自由を制限するのはまさに保安処分的であると言わざるを得ない」C、「被告人の再犯防止という点からみれば、被告人が社会復帰を果たす上で実効性のある“個別化”がされるべきであり・・・より広い視野で社会内処遇の充実を図ることが本筋である」D、「同制度の導入は、仮釈放制度ではできないことを(一部)執行猶予の名の下に実行するもので・・・・刑期を超えた監視は多分に保安処分的性格を有していると言わざるを得ない」E、「刑の一部の執行猶予制度を導入することにより再犯防止、改善更生の実を上げるためには保護観察の充実強化を図ることが不可欠である」F、「誤解を恐れずに言うなら、刑の長期化と言える場合はあるかもしれないが、重罰化ではないということであろう」G、「保護観察官、保護司はこれまでも犯罪者の再犯防止と社会復帰に多大な貢献をされてきたが、一部執行猶予との関係では、従来以上に重要な役割を担うことになる」H。
 これらのことを専門家相手にとうてい議論できる立場ではないが、現在、現実に満期釈放の限界や仮釈放の限界等があるのだから、やってみないとわからないということもあるが、まずはやる必要があり、その過程で修正していくことを考えれば良いと思う。そして、いろいろな専門家の意見の中には直接的、間接的に保護司の資質の向上を求めていることを私達は率直に認識しなければならないことである。もしかしたら“私は素人のボランティア”では済まされない現在かもしれない。
 今後もいろいろな社会資源との連携がますます広がっていくわけだが、法制度として保護観察官と保護司の協働体制は変わることはないので、ここで今一度、民間の保護司としてできること、民間の保護司だからできることを整理してそれに向けて努力することの必要性を強く感じる今日である。
 そして、今般の新制度における有機的な施設内処遇と社会内処遇の連携により目に見える成果(対象者の更生、再犯率の低下等)を上げたときに初めて国民の方のご理解を得ることができると自覚したい。

@ 法務省のホームページ
A 「更生保護のあり方を考える有識者会議」別紙報告書35頁
B 「更生保護のあり方を考える有識者会議」第4回会議
C 京都弁護士会ホームページ
D 福岡県弁護士会ホームページ
E 刑事立法研究会「非拘禁的措置と社会内処遇の課題と展望」170頁
F 現代人文社「新時代の矯正と「更生保護」199頁
G 慶応義塾大学出版会「刑の一部執行猶予」103頁
H 法律のひろば平成25年11月号9頁
posted by 久保 一洋 at 10:00| 社会を明るくする運動

2014年07月10日

刑の一部執行猶予制度に期待

(静岡市駿河区保護司会・静岡県社会福祉士会・久 保 一 洋)

 平成25年6月に新たな刑罰制度の、刑の一部執行猶予制度に関する「刑法等の一部を改正する法律」、「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律」の成立とそれに伴う更生保護法の改正による制度が平成27年から28年にかけて施行されることになりました。
 今までも保護司に馴染みのある少年法の改正とか、更生保護法制定時に見られたように、いわゆる「司法福祉」の領域にかかわる場合は必ず「厳罰化」をテーマに専門家による議論で沸いたものですが、今回も例外ではないようです。しかし、そのわりには私達一般市民が一番知識を得ることができる出版された書籍が未だ少なく、又、これらの講演、シンポジウム等の場も見当たらないのは寂しい感がありますが、それでも今回の制度改正は保護司としても関心を持たざるを得ません。
 私の理解では、今回の制度改正の経緯、背景は既に随所で説明されているように、例えば満期釈放者への何らの社会内処遇を行うこともできず(更生緊急保護とか特別調整、地域生活定着支援事業等がありますが)釈放後5年までに半数の者が再犯により再び刑務所に戻ってくる現実とか、仮釈放後の保護観察期間が短か過ぎる等により十分な保護観察ができずやはり再犯に陥ってしまうなどが少なからずあり、更には特に薬物事犯においては施設内処遇から社会内処遇へとシフトする必要に迫られていた等の要因が大きいと思います。それを受けて犯罪をした者の再犯防止、改善更生を図る為には施設内処遇に続き、かつ、有機的連携(今まではあまり有効に機能していなかったと言われています)による十分な社会内処遇を実施する運びになったんだと思います。
 私自身は今までの保護観察の中で対象者に向き合うときに真に目の前の対象者が再犯に陥らない為の改善更生を頭におき、そして何よりも対象者がインクルージョンしていくことを意識しての処遇を行ってきたかまったく自信がありません。月に2回程度の対象者との面談についても、ときにはその面談そのものができれば良しとしていた私がありました。実際の現場で保護観察を担っている多くの保護司も“この方法ならうまくいくかもしれない”と新制度に賛成してくれていると思います。
 今回の制度改正により保護観察の件数も増え、保護観察期間も長くなると思われ、保護観察官、保護司の負担も増しますがここは頑張り処と思います。そして保護観察の方法は従前からの指導監督の司法的要素と補導援護の福祉的要素が中心ですが以前のように保護観察官と保護司の協働によるあたかも「独占業務」ではなく、いろいろな社会資源との連携がますます必要になっています。が、保護観察官と保護司の協働は今後も続き制度上も重要な関係ですので保護観察官がすべきこと、民間の保護司だからこそできることの認識を新たにして更生保護の一役を担っていく今が節目のような気がします。
 尚、今回の改正に更生保護法の特別遵守事項に社会貢献活動が加わりました。私自身も先行的に行われたこれらの活動に対象者といっしょに参加する機会を得ましたが、今後の本番での活動内容は更に検討していくことになるようですが、活動を通して地域社会での人と人との触れ合いに基づく“何気ない雑談の中での活動”はまわりの関係者が活動内容等をあまり難しく考える必要もなく大変有意義だったと実感しました。
 この新制度により再犯率が低下していく実績を国民の皆様に示すことによって、今までなかなか難しかった更生保護にご理解が深まっていくことをこの刑の一部執行猶予制度に仲間の保護司とともに期待します。慶応大学の太田達也教授の著書の中で「“初犯の予防”は容易ではないが、“再犯の防止”であれば対象者が限定されており、刑罰の処遇、社会的支援を通じての対応が可能」との教えを大事にしていきたいと思います。
posted by 久保 一洋 at 10:00| 施設内処遇から社会内処遇へ